秀吉の護持仏が寿泉院に

2026-07-04 07:00 am by 須坂新聞

お知らせ icon 須坂市上町の寿泉院には、豊臣秀吉が護持仏として深く信仰したと伝わる聖観音菩薩立像(以下、観音像)と、北向き観音堂がある。観音像は通常、保護のため別の場所に安置されているが、毎年8月10日の例祭には観音堂へ戻され、御開帳と法要が営まれる。現在、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」が放映されており、秀吉ゆかりの文化財が須坂に伝わる事実に、地域の期待と関心が高まっている。
 この観音像は、須坂藩初代藩主・堀直重(1585〜1617)が仕えていた2代将軍徳川秀忠から大坂の陣(1614〜15)での軍功により賜ったもの。直重は藩主となった後、この像を須坂へ移し、安置のために観音堂を建立した。
 観音像は高さ約15cm、台座を含めて約20cm。その由来は、インドの名工が紫金で鋳造し寺院に奉納したものが、のちに朝鮮へ渡り国王の所蔵となったとされる。文禄の役(1592〜93)で凱旋した宇喜多秀家がこれを秀吉に献じ、秀吉は大坂城に安置して厄よけの守り仏とし、さらに天下泰平を祈願したと伝えられている。
 元和元(1615)年6月、大坂城が落城して徳川の世となると、直重は4千石を加増されて1万2千石となり、須坂藩の初代藩主に任じられた。のちには大坂城の監守も務めており、秀忠の厚い信任がうかがえる。
 8月10日の例祭は正午ごろに開かれ、法要は午後2時ごろから営まれる。現在同院住職を務める葦澤義文さん(玄照寺住職、小布施町大島)は「毎年厳かに営まれてきた伝統行事。霊験あらたかな観音菩薩をぜひお参りしてほしい」。地域の歴史に詳しい田中宏和さん(須坂市穀町)は「この観音菩薩は一度参拝すれば48,000日の功徳があるとされている。初代藩主直重はこの観音菩薩を祭るために観音堂を建て大切にしてきた。この機会に秀吉が愛した仏像が須坂にあることを多くの人に知ってほしい」と話している。

2026-07-04 07:00 am by 須坂新聞 - 0 コメント



須坂新聞


 須坂新聞はタブロイド判(20P~24P)で毎週土曜発行(年間48回)長野県須高地域(須坂市・小布施町・高山村・長野市若穂地区)で購読をいただいております。また配達地域外でも郵送にてご購読いただけます。購読料は1100円(月額/税込)です。購読お申し込みはこちらから。